あらえびす

レコードによるクラシック音楽評論で、日本の西洋音楽の黎明期(れいめいき)に先駆者になったあらえびす。


 胡堂の周りにはいつも音がありました。春先軒先のつららが音をたてて消えてゆくと、若葉は風にそよぎ、カエルが田んぼで唄いました。その声は季節とともに虫の音へと変わり、それが止むと空気が音を立てて凍っていきました。

 東京へ出るとそれらの音は、季節ごとに替わる物売りの声になりました。そんな時、胡堂は音の“クラシック音楽”に出会いました。この出会いがきっかけとなり、クラシックのSPレコードの収集を始め、後に、日本屈指のレコードコレクター、そして音楽評論家「あらえびす」として世にでていくことになります。

 中でもヴァイオリニストのフリッツ・クライスラーは大のお気に入りだったらしく、報知新聞に『音楽漫談』として掲載された記事には、クライスラーが編曲を手がけた【ユモレスク】の名曲が使われています。

 あらえびすは、『名曲決定版』、『バッハからシューベルト』、『楽聖物語』等の音楽評論を執筆し、クラシック音楽がまただ一般的でなかった大正~昭和時代に、人々に音楽の感動を伝えてきました。

 

♪あらえびす♪の由来


 胡堂は、昭和初期の音楽雑誌『レコード音楽』(昭和13年3号に)読者からの質問に答える形で「あらえびす」の由来を述べています。

 「ところで震災の前の年から私は美術と音楽のことも書くやうになった。さうなると胡堂といふ名では少々堅苦しい感じがあるので、何か他の名を考へることにしたのが抑々(そもそも)あらえびすの名の出来るきつかけだつた。(略)胡堂の胡がそのあらえびすに相当するので(えびすに『熟(にぎ)蝦夷(えびす)』と即ち熟蛮(じゅくばん)と『麁(あら)蝦夷(えびす)』即ち生蛮の二種類がある、その荒つぽい方なのである)、斯(か)くして茲(ここ)にあらえびすの名が誕生を見た次第だ。やわらかく平仮名で書いた。」